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『世界で52億本も売れる』レッドブルの意外な秘密とは――?

『世界で52億本も売れる』レッドブルの意外な秘密とは――?

秘密主義のレッドブルに迫った書籍『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』から日本人が何を学ぶべきか。本の解説を書いた一橋大学の楠木建氏と、元レッドブル・ジャパン・マーケティング・マネージャーの諌見祐子氏が語った。

楠木:この本の中には、レッドブル創業者のディートリッヒ・マテシッツ氏に関するエピソードがたくさんあるわけですが、これらが彼の本当の姿なのかわからないですよね。それぞれのエピソードが食い違っているところもある。この会社自体が秘密主義で情報を公開しておらず、またマテシッツ氏自身の振る舞いの問題もあって、ミステリアスになっている。

諌見:どんな方か気になりますか?

楠木:僕の予想では、非常にヨーロッパ的な、ジェントルマンですね。

諌見:そうなんです。私は3~4回お会いしたことがありますが、とても気さくで優しくてチャーミングでした。

楠木:お会いしたことがあるんですか!

諌見:彼のことが好きでレッドブルで働いている人も少なくないかもしれません。

楠木:マシテッツ氏はきわめてヨーロッパ的な経営者。アメリカの新興企業の経営者にはいないタイプ。この本を読んでアメリカっぽくないヨーロッパ的な会社だなと思ったのは、僕が若いころヨーロッパの大学で教えていた経験があるからなんです。

諌見:そうだったんですか。

■非アメリカ的なマーケティング企業とは

楠木:上場をまったく考えておらず、資本市場をあまり信用していないですよね。銀行からは金を借りないというぐらいですから。本当かどうかはわかりませんが、製造を請け負っている会社と契約書を交わさず、男と男の握手に価値があるという。弁護士があまり活躍してなさそうな会社。まったくアメリカっぽくないですよね。

アメリカのマーケティング企業だったら、非常にハリウッド的になりますよね。その部門で働いている人の75%が弁護士になるような。弁護士が前面に出てくるような雰囲気がないところもヨーロッパ的だと思います。

秘密主義といっても、マーケティング的には、秘密にしていることに価値があるんじゃないかと僕は考えています。つまり、この会社について、あらゆることを知ったところで、秘密なんてそんなにないんじゃないかと思いますよ。例えば、軍事産業のメーカーだったら、秘密だらけですよね。でも、純粋な消費財で、万人に愛されるものを作っているわけですから、そんなに秘密はない。

サプライヤーがいて、マーケティングをして、経理の人がいて、という普通の事業活動なのですから。何か秘密があるというよりも、秘密にしておくこと自体が大切で、それがひとつのマーケティングである、と。つまり、消費者に伝えたいイメージ以外のノイズをカットすることができる。ここが秘密主義の本当の目的ではないかと思います。

諌見:マテシッツ氏と日本については、すごく面白いエピソードがあるんです。ある新聞のインタビューで、「日本にレッドブルが参入するのは、イタリアにパスタを輸入するようなものだ」と答えていたんですね。つまり、エナジードリンク発祥の地である日本は、ライバルも多く、参入するのはなかなか難しい、と。

楠木:それは面白いですね。「イタリアにパスタを輸入する」というたとえがいい。

諌見:そのインタビューだけ読むと日本には参入しないのかという印象なんですけど、その後2005年の暮れにレッドブルは日本市場に参入しました。

楠木:レッドブル全体がどんなマーケティング活動を行っているのか、話せる範囲で教えていただけますか?

諌見:フィリップ・コトラーが2010年に『マーケティング3.0』という本で、ソーシャルメディア時代のマーケティングについて解説していますので、これに沿ってレッドブルのマーケティングを私なりに分析してみたいと思います。

ひとつ目は、「協働マーケティング」です。レッドブルは、さまざまな人たちとコラボレーションしています。中でも、トップ・オブ・ザ・トップと呼ばれているのが、F1で驚異的な成績を収めているセバスチャン・ベッテル。そして、世界ナンバー1スノーボーダーのショーン・ホワイト。こういったアスリートをサポートする契約をレッドブルは結んでいて、彼らは「レッドブル・アスリート」と呼ばれています。

楠木:セバスチャン・ベッテル、僕は知りませんでしたけど、この人は、レッドブルが時間をかけて育てたといってもいいドライバーなんですよね?

F1ドライバーのセバスチャン・ベッテル
(C) Mark Thompson / Getty Images
諌見:そうですね。彼は当初「レッドブル・ジュニアチーム」という若くて才能のあるドライバーを育成するチームにいて、マテシッツ氏にその才能をいち早く買われていました。それからF1のレッドブルのセカンドチームのドライバーになり、デビッド・クルサードの代わりにトップチームのドライバーになりました。

コラボレーションするのは、こうしたトップの選手だけではありません。消費者が主役になるイベントも開催します。「レッドブル・ボックス・カートレース」は、東京でも2回開かれた大会で、タイムだけでなく、チームのパフォーマンスや手作りカートのクリエイティビティも競い合います。また、オーストリアのザルツブルグの空港に隣接された多目的ホール「ハンガー7」は、マテシッツ氏所有の飛行機が格納されているんですが、そこで学生の紙飛行機の世界大会が開かれます。世界各地で予選が行われ、日本代表も選ばれて参加しています。

楠木:なるほど。

■消費者が主役になるイベントも積極的に開催

諌見:ふたつ目は、スポーツおよびカルチャーのマーケティング。スポーツのほうが目立つので、この本でも多く取り上げられていますが、それだけでなく、音楽、ダンス、アート、写真などなど、いろんなカルチャーイベントを開いているんですね。こうしたイベントのうち、サッカーやF1、アイスホッケーを除くと、すべてレッドブル自身が開催しているイベントです。

楠木:徹底していますね。

諌見:3つ目は、コトラーのいう「スピリチュアル・マーケティング」つまり、心に対するマーケティングです。「レッドブル、翼をさずける。」というキャッチコピーの通り、夢を追いかけている人、頑張っている人を応援するんです。

具体的に例をあげると、フリースタイル・モトクロス(FMX)の佐藤英吾さん。彼は世界大会で3位になったこともある実力者で、日本のFMXを引っ張っていた方です。はじめて私がFMXを見たのは、横浜の赤レンガで開かれたイベントで、度肝を抜かれてテンションが上がりました。その後、佐藤さんとお話したところ、自分の好きなスポーツを何千人もの方が見てくれてうれしい、とおっしゃっていました。それを聞いて、レッドブルっていい会社だなと思ったんです。

フリーモトクロスの大会である「レッドブル・エックスファイターズ」では、世界を転戦しながら年間チャンピオンを決める
(C) Handout / Getty Images
そして2013年には、大阪で「Xファイター」というFMXの世界最高峰の大会が開かれることになった。世界的な選手を日本の人たちに見てもらいたいと佐藤さんはインタビューで語っていたんですが、その後、練習中の事故で亡くなったんですね。残念でならないです。

それから、フリースタイル・フットボールの徳田耕太郎くん。フリースタイル・フットボールというのは、サッカーのリフティングの難しい技を競うもので、徳田くんはまだ18歳くらいのときに初めて参加した日本大会でいきなり優勝。その後世界一にもなったことがあります。Youtubeを見ながらずっと練習していて、オタクそのものなんですけれども、こういう若い人たちの夢も叶えるんです。

楠木:Youtubeの動画はレッドブルも積極的に使っているようですが、だからといってそれが口コミ醸成の秘訣というわけではないんですか?

諌見:私の個人的な考えですが、ソーシャルメディアがまずあって、それに対して働きかければ口コミが起こるというわけではない気がします。順番が違うというか。リアルのあらゆる活動、サンプリングとか、スポーツイベントとか、カルチャーイベントとかがあって、それら自体が口コミを起こしやすくなっている。ソーシャルメディアは、その口コミを拡散するツールでしかない。

楠木:なるほど。それはいい話を聞きました。今週聞いた中で一番いい話(笑)。

つまり、普通の会社は、Twitterのように低コストで運営できるメディアが目の前にあったら、まずそれでできることをやってみようと考える。そのためには、Twitterのフォロワー数を増やそうとしたり、Facebookページのファンを増やそうとする。それができれば、口コミが起こったり、商品が売れるんじゃないかと期待する。

ところがレッドブルは逆で、まず商品を売り、そしてイベントなどを開いて口コミが起こる状況を作る。そうすれば、ソーシャルメディア上ではフォロワーも自動的に増えるし、口コミも広まっていくんですね。

■ブランドとのタッチポイントが多いのが強み

諌見:マーケティング全般でいうと、サンプリングのように毎日やる活動があり、ひと月に1回くらい開かれるイベントがあり、年に1回しかないイベントもあります。頻度はさまざまですが、トータルで見ると、レッドブルはものすごくたくさんの消費者とのタッチポイントがあるわけです。それが強みなんです。

サンプリングガールとのちょっとしたやりとりが口コミを生むかもしれませんよね。サンプリングガールは、レッドブルのコンセプトに合うような場面を考えて、例えばフットサルの練習場とか、オフィスにだって押しかけて試飲してもらいます。それが毎日ですから、タッチポイントの多さが口コミ醸成につながっていくんです。

楠木:レッドブルは、やることとやらないことがはっきりしていますよね。やるべきことは徹底してやるけれども、やらないことはまったくやらない。例えば、格闘技とは距離をおいている。スポーツのスリルはコンセプトに合うけれども、殴り合いは違う、と。どこを切っても、原理原則がはっきりしている。

諌見:マテシッツ氏は紳士ですから。

楠木:一見、派手で華やかなブランドの裏で、一本筋の通ったところがある。しかもそれが非常にオーセンティックな、優れた商売のロジックになっている。そのコントラストがとても興味深かったです。この本の解説を書かせてもらえたのは想定外の収穫でした。

諌見:でも楠木先生はまだレッドブルを飲んでいないんですよね?

楠木:ええ、まだ飲んでいません(笑)。

諌見:そこは、考え方は変わらなかった、と。

楠木:そうですね。スリルとか冒険には、やっぱり興味がないですね。ベッドで寝ている方がいい(笑)

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楠木建(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)などがある。

諌見祐子(いさみ・ゆうこ)
オルタナジャパン株式会社代表取締役。東京女子大学文理学部英米文学科卒業。外資系のアパレルや食品、広告代理店を経て、2008年にレッドブル・ジャパンに入社。マーケティング・マネージャーを務める。その後退職して独立し、オルタナジャパンを設立。